散財
小さいころから、私は知っていた。
金細工の髪飾り、宮仕えの職人に作らせた着物、西洋建築のこの屋敷も、全てが私のものなのだと。
大人たちもそれを知っている。
池から顔を出す、肥え太った醜い鯉たちもそれを知っている。
だから私に求める、「もっとくれ、もっとおくれよ」と。
私はいつかの遠い昔、確かに愛されていたはずだった。
私が駆けていくと、零れ落ちそうな笑顔で両手を大きく広げて私を待っていてくれたでしょう?
私の見つけたたわいない野の花を、ありがとうと受け取ってくれたでしょう?
小さな私を持ち上げて、私の頬にキスをくれたでしょう?
いつから私は、愛されなくなったのだろう。
私の背が伸びたから?
私は醜く成長してしまったのかしら。
ちがう、
私は最初から愛されてなどいなかったのだ。
愚かな私が気が付かなかったのだ。
零れ落ちそうな笑顔は、新しい宝石を手に入れた笑顔だった。
大きく広げた手は、そうしないと持てないほどの富の証。
野の花にあんなにも喜んでくれたのは、いずれ私から受け取れるものを想像していたのだろう。
気づいた私は、散財するようになった。
街に繰り出してはそこら中で金をばら撒いた。
なにひとつ、持ち帰らないようにした。もう全部散らしてしまいたかった。
居合わせた店中の客に酒を驕り、賭け事に勤しんだ。
それも飽きると軍に寄付をして、若い画家たちのパトロンになり、何人もの娘たちを身請けし、腹をすかせた通りの子供のために店ごと買ってやった。
軍はその金で死にゆく兵士を増やした。
画家たちは作品を描かなくなったし、娘たちはまた別の男たちの食い物にされた。
子供たちは寝床を店に移しただけで、また通りで物乞いを始めた。
散っていけばいい。金も、人も、思い出、心、魂も。
早くなくなってしまえばいいと思った。自分自身も。
あぁ、あのとき頬にくれたキスは、せめてもの情けだったのか。