捲土重来
城は今にも焼け落ちようとしていた。
その城門から、赤馬に跨った赤武者たちや家来たちに守られながら、身の丈に合わない立派な白馬に乗せられたひとりの小さな少年が逃げ出てきた。
少年は泣きじゃくりながら何度も、何度も、後ろを振り返る。
手綱を緩めそうになるたびに、「殿!」と叱責されている。
このあまりにも幼く頼りない少年は、討ち取られた父に代わり先ほど「殿様」になったばかりだ。
父を殺され、母と姉、小さな妹たちも殺された。
少年が振り返るたび、味方の兵や家来たちの数が減っていった。
鋭い槍や弓矢の雨とともに、紺碧の鎧を着た敵の大軍がどんどん迫ってくる。
もはやこれまで。父のように戦い、そして死ぬ。敵に背中を向けずに。
「もう逃げぬ、あとに続け」
少年は震える声で戦う意志を示した。
しかし重臣の家老は震える少年に力強く言う。
「殿、ここはお引きください、捲土重来をはかるのです」
その声を合図に、
「殿、捲土重来をおはかりください」
「捲土重来を」
赤武者たちはそう叫ぶと、踵を返し次々と敵の大軍に向かっていった。
幼い殿の白馬が丘を越えて見えなくなるまで、赤武者たちは戦い続けた。
少年はもう後ろを振り返らなかった。
涙はとめどなく溢れていたが手綱をしっかりと握りしめ、前だけを見据えて、暗く長い道を駆け続けた。
どれほどの時が経ったのだろう。
かつて無残に焼け落ちた城は再建され、紺碧武者たちの屈強な砦となっている。
「あれはなんだ?」
紺碧武者のひとりが、丘の上を指さす。
地を這うような轟音と大きな土煙。
大勢の赤武者たちを従えて、白馬に乗ったあの少年がついに戻ってきたのだ。
あの日の約束を果たすために。
立派に成長したかつての少年の目から、涙はもう流れない。
涙は枯れた、この先流すものは敵の血だけだ。